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紫式部の父、藤原為時はどんな人?
紫式部の父 藤原為時は中流貴族で、根っからの学者肌。
真面目で間違ったことは大嫌い。
そんな性格ゆえに 世渡りが下手で 出世とは縁遠く、貧しい生活を20年も送りました。
いっときは師貞親王(後の花山天皇)の講師を務めた事もありますが、陰謀により花山天皇はわずか2年で退位、為時も職を失いました。
紫式部日記には、こんな記述があります。
私が幼い時、父 為時が弟に漢籍(中国の書物)を教えていました。
弟はなかなか覚えられませんのに、隣で聞き齧っていただけの私は すぐに理解できました。
父は「この子が男でなかったのは、残念なこと。私は不幸せだ」といつも嘆いていました。
「口惜しう、男子にて持たらぬこそ幸なかりけれ」とぞ、つねになげかれはべりし。
為時は学者としては優秀で、漢詩や和歌に秀でていたそうです。
その学識が、紫式部の教養を高め、やがては日本が誇る『源氏物語』の誕生へと繋がっていきました。
雲鶴文様
「光る君へ」では、為時が念願の国司の職を得たとき、「右大臣の道長様からお手当が出た」と文様つきの豪華な衣装を着ていました。
友人の藤原宣孝(“まひろ”の未来の夫)からも「装束が見違えるように立派になったのう」と揶揄われていました。
文様は「雲鶴文様」です。
雲鶴文様
雲鶴文様は、代表的な有職文様です。
羽を広げ飛翔している鶴と瑞雲がモチーフで、とても格式高い文様です。
中国では、空高く雲の中を飛ぶ鶴は、優れた人格者の象徴とされていました。
向かい合う2匹の鶴は、それぞれ口を閉じているか開いています。
これは阿吽を表しています。
阿は口を開いて発する最初の音,吽は口を閉じて発する最後の音で、万物の始まりから終わりを意味しています。
また、阿吽は雄と雌の一対を表すとも言われています。
同じ文様 探し
平安貴族に人気だった雲鶴文様。
ドラマ「光る君へ」でも為時の他に何人もの男性が、この雲鶴文様の衣装(狩衣)を着ていました。
風刺劇「散楽」をしていた“直秀”は架空の人物です。
庶民の直秀が文様付きの上等な衣服を着ることはないのですが、1度だけ身につけた姿で登場しました。
道長に頼まれ、異母弟のふりをして、打毬※の試合に参加します。※ ポロ競技の原型
その時の衣装が「雲鶴文様」でした。
「光る君へ」では、他にも同じ文様の衣装を着ています。
・ロバートの秋山さん演じる“藤原実資”
・公任の父、“藤原頼忠”
・花山天皇の側近“藤原惟成”