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青海波文様 〜〜大河「べらぼう」田沼意次の衣装より
賄賂政治とレッテルを貼られていた田沼意次。今では、画期的な改革により国を豊かにしたと、見直されています。ドラマでの衣装は「青海波文様」。遥か昔のサザン王朝、遠いペルシャから、日本まで辿り着いた歴史ロマンを感じる文様です。 -
独楽(こま)文様 〜〜大河「べらぼう」 大文字屋市兵衛の衣装より
大文字屋市兵衛は如才ない経営者。あだ名は“かぼちゃ”、遊女に安いかぼちゃばかり食べさせたから。大河での衣装は南瓜色の「コマ文様」です。頭の回転が良く、お金を回していたからでしょうか? -
稲文様 〜〜 大河「べらぼう」 西村屋与八の衣装より
西村屋与八は敏腕経営者でした。 彼の功績は庶民の娯楽本の出版や、多色刷りの浮世絵「錦絵」を広めたこと。 ドラマでの衣装は「稲文様」です。 稲穂が実るように、江戸の出版文化を発展させました。 -
菖蒲文様 〜〜 大河「べらぼう」長谷川平蔵の衣装より
長谷川平蔵は“鬼平”。若い頃は とんだ遊び人で、粋なお洒落を楽しんでいました。大河「べらぼう」での着物は菖蒲文様。同じ音から勝負に勝つ立身出世の願いが込められた文様です。 -
籠目文様 〜〜 大河「べらぼう」 花の井の衣装より
松葉屋「5代目瀬川」は吉原の花魁。桜の花に例えられるほど美貌と才覚の持ち主でした。ドラマで普段着の着物は「籠目文様」。花魁として名を轟かせても、所詮遊女の悲しさを「籠の中の鳥」として表現しているのでしょうか? -
流水文様 〜〜 大河「べらぼう」平賀源内の衣装より
平賀源内は天才の人でした。道具も文章もアイディアも 彼が生み出したものは画期的。ドラマでの源内の衣装は「流水文様」です。流れる水の如く、奔放で粋な生涯でした。 -
文様七変化 〜〜「光る君へ」まひろの衣装より
まひろの衣装は『源氏物語』ゆかりの紫色に因み、物語を書き上げた時の唐衣の濃紫をゴールとして、薄い紫色の重ねの差し色から、徐々に広く濃く変化していったそうです。 -
文様七変化 〜〜「光る君へ」道長の衣装より
「光る君へ」での道長の衣装は、青色を基調として、歳を重ね位が上がるごとに 淡く明るい色から深く濃い色へと変わり、その文様も変わっていきました。 -
桐文様 〜〜「光る君へ」藤原頼通の衣装より
藤原頼通は道長の長男、最愛の息子でした。25歳で摂政を譲られますが、穏やかな性格ゆえに実行力に乏しく、道長は頼通の陰で実権を握り続けました。「光る君へ」で頼通は美しい舞を披露。華やかな文様の一つは桐文様です。 -
毘沙門亀甲文様 〜〜「光る君へ」敦康親王の衣装より
一条天皇と定子の第一皇子“敦康親王”。本来ならば将来の天皇になるはずでした。が、その道は藤原道長に阻まれます。才能にあふれ人柄に優れていた親王は、東宮になることに固執して恨みに支配されることなく、文化に親しみ楽しながら暮らしました。愛がいっぱいの幸せな子供時代の衣装は「稲妻文様」と「毘沙門天亀甲文様」でした。 -
乱れ菊文様 〜〜「光る君へ」藤原娍子の衣装より
藤原娍子は三条天皇の皇后。立后の時には4人しか公卿が参列せず寂しい儀式でした。6人の子に恵まれたおかげで、彼女の法要には大勢参列したことは、しみじみと考えさせられます。彼女の思いを表すかのように、「光る君へ」の衣装は「乱れ菊文様」です。 -
花喰鳥文様 〜〜 「光る君へ」和泉式部の衣装より
和泉式部は恋多き女性。敦道親王との激しい恋が『和泉式部日記』に描かれています。「光る君へ」での衣装は「花喰鳥文様」。親王との恋の始まりの和歌…橘の花とほととぎすに由来しているのでしょうか?